オモイデ・スパゲティの作り方

2001年1月10日

鍋に水をはる。スパゲティを茹でるので、できるだけたっぷり水を入れる。そして水道の蛇口を閉め、蓋をして鍋を火にかけ、換気扇のスイッチを入れる。シンとした空気のキッチンを、換気扇の静かな「ゴー」という音が埋める。

「はかり」を出す。透明なプラスチックでできた「スパゲティ入れ」から適当にスパゲティを取り出し、「はかり」にのせる。一人分はだいたい100グラムだ。茹で上がるとこれがだいたい2倍弱ぐらいになる。

玉葱がないな。なくてもまあいいや。冷蔵庫を開ける。トマトを1個。ハムがあったのでハムを1枚。

トマトを水で洗う。ちょっと柔らかめだ。料理する分にはこれぐらいがいいけど、皮を剥くのにちょっと手こずりそうだな。水を切ってまな板と包丁を取り出し、「へた」を中心にして4等分にする。4等分にした状態で「へた」を落とし、それから皮を剥くのがいつもの僕のやり方だ。皮を剥き、それから全部ザク切りにする。小さなまな板の上だと、1個分のトマトだけでもいっぱいになる。

ハムは、ちょっと考えてから5ミリ角に細かく切った。ハムは入れなくてもよかったな。まあ切ってしまったからもう遅いけど。

「にんにくスライス」の入った瓶を取り出す。袋詰めのものをマーマレードの空き瓶に勝手に移し替えたものだ。僕はこういったことをよくする。袋に入ったままだと段々と粉々になってくるからだ。もちろん瓶に入れていても多少粉々にはなるんだけど、保管しやすいしこの方が便利だと思っている。ここから数枚ほど取り出してまな板にとりあえずのせておく。

「プリングルス」のコマーシャルに、たしかそういう内容のものがあったな。袋入りだとグシャグシャになっちゃうけど、しっかりした筒の入れ物ならグシャグシャにならないし、楽器にもなってハッピーな気分になれるよ、って。Once you pop, you can’t stop。

皿とフォークを用意する。青い無地の皿。皿は無地の方がいい。よく雑貨屋さんで小洒落たパスタ皿が並んでるけれど、変に英語や模様が入ってるよりも無地の方がいい。「無印良品」の食器のように。でも、「無印良品」で食器は買ったことはないな。フォークとかなら買ったような気もする。

本当は青よりも白っぽい皿の方がいいんだけれど、残念ながら持っていない。

そう言えば、ランチョンマットを持っている。六甲アイランドで買ったベージュと茶色のシンプルな柄のもの。六甲アイランドには小洒落た雑貨屋さんが何軒かあって、そこで何気なく買ったものだ。その頃の僕は休みの日になると料理ばかりしていて、雑貨屋さんに通ってキッチン用品をよく物色していたのだ。パスタトングとかキッチンタイマーとか調味料入れとか。

ランチョンマットは確か一度しか使っていないと思う。買った日に馬鹿みたいに嬉しがって敷いてみたのだ。よく考えれば、ランチョンマットなんてなくったって別に何も困りはしない。たとえガールフレンドの分の料理を作ったとしても、ランチョンマットなんて敷かないだろうし、実際その当時はそんなことは一度もしなかった。敷いたところで、結局食べこぼして汚してしまったりするのがおちだ。そもそも1枚しか買わなかったので、ガールフレンドには敷いて自分は何もなしというのはやっぱり変だと思う。今はタンスのどこかに眠っていることだろう。

卵形のキッチンタイマーを取り出し、8分にセットする(ああ、これも六甲アイランドで買ったものだ)。スパゲティの袋には「9min.」と書いてあるけれど、1分短めに茹でるとできあがった頃にはちょうどアルデンテになる。

「アルデンテ」。ちょっと料理通でグルメ通で、1ランク上にいるように聞こえる言葉。でも何のことはない、パスタの茹で加減を示す言葉だ。ちょうど肉の焼き加減を示す「レア」とか「ウェルダン」のように。だから、「アルデンテ」という言葉にコロッときたりホロッときたり「ステキ!」と思ったりしてはいけない。僕みたいに、ちょっとスパゲティなんかを作ることができる男がよく口にするからだ。イタリア人の男性は、たぶんみんなそうやって口説いているんだろう。「ネエ今度、僕ノ家ニスパゲティヲ食ベニ来ナイ? 僕ノ作ルスパゲティハ世界一ダヨ!」。

壁時計で時間を見る。鍋を見る。まだお湯が沸かない。

この壁時計はもらったものだ。確か誕生日のプレゼントに。もう毎日のように見ている時計だけど、たぶん僕なら買わないような時計だ。ポップな字体の「1」から「12」までの数字が、一文字ずつ違う色で並んでいる。今となっては思い出になってしまっている時計だけれど、女の人だったらこういったものはやっぱり処分してしまうんだろうか。僕にはそういったことはあまりできない。

なんだか、いろんなことに気を使ってしまう性格なのだ。

鍋のお湯が沸いた。蓋を取り、塩を大さじ1杯半ほど入れ、菜箸でかき混ぜる。そして100グラムのスパゲティを手で軽く束ねて持ち、パッと鍋に放り込む。鍋からはみ出したスパゲティを菜箸で鍋にちゃんと入れ、キッチンタイマーのスタートボタンを押す。「8分間」が始まった。

僕はフライパンを取り出してレンジにのせ、オリーブオイルを適当に入れた。そして、「にんにくスライス」を放り込んでから火をつけた。そうだ、「ざる」を出していなかった。僕は流しの下から「ざる」を取り出し、鍋のスパゲティがくっつかないように菜箸で混ぜ、鍋の火を調節してからフライパンに戻った。しばらくするとフライパンの油の温度が上がり、「にんにくスライス」から空気の泡が出てくる。そして「にんにく」の香ばしい匂いがしてくる。うーん、この匂いがたまらない。

「にんにくスライス」が色づいてきたので、油をフライパン全体に馴染ませ、ハムを入れる。でも、まな板の上でトマトに埋もれてしまったハムだけをフライパンに入れていくうちに、面倒くさくなってきてトマトもまとめて一緒に放り込んでしまう。ええい、ハムなんてもうどうでもいいのだ。塩とこしょうを適当に振りかけ、フライパンを左手で振る。ここで赤ワインを入れたいところだけど、残念ながら冷蔵庫には赤ワインなんてない。今度、料理用のものでも買ってこようか。

キッチンタイマーを見る。あと4分。いいペースだ。右手のパスタトングでザク切りのトマトを潰すようにしながら、左手でフライパンを振る。ある程度潰れて「もういいや」という位になったので、レードルで「茹で汁」をフライパンに入れる。量は適当。どうせ一人分だし。フライパンの火を弱火に落とす。とりあえずソースはできたことにする。キッチンタイマーは、あと2分30秒。

彼女は今どうしているだろう。元気だろうか。仲のよかった友達ふたりも元気だろうか。いつかマンションを借りて女3人で暮らすとか言っていたけれど、その計画はどうなったんだろう。やっぱり3人とも、仕事の愚痴をブーブー言いながら、それでも毎日電車に揺られてるんだろうか。彼女は料理があまり得意ではなかったけれど、少しはレパートリーが増えただろうか。ああそうだ、僕が3人に贈ったナイフとスプーンとフォークのセットは、今ではやっぱり箱に入れたまま机の引き出しの奥の方にしまってあるのかな。なんとなく、処分されていないことを祈りたいんだけど。

人にものを贈るときは、これからはもうちょっと考えなきゃいけない。

…。

いや、これからはもうそんなことに気を使わない方がいいのかも知れない。

「なかったこと」にしてしまうより、「終わったこと」にしてしまった方が、きっといい。

キッチンタイマーが鳴った。デジタルのタイマーなので、最近の目覚まし時計と同じ音がする。僕はパスタトングでスパゲティを1本つまみ、半分ちぎってそれを食べてみた。いい感じだ。僕は鍋の火を止めて鍋を持ち上げ、流しに置いた「ざる」にスパゲティをあけた。流しがお湯の熱さにビックリして「ボコッ」と音を立て、一瞬だけ湯気が辺りの空気を支配した。僕は素早くそのざるのスパゲティの水気を切り、そのままフライパンのソースの中に滑り込ませ、弱火のままパスタトングでさっと混ぜた。キッチンタイマーが鳴ってからあっという間の出来事。誰かに見せたいくらいだ。「僕ノ作ルスパゲティハ世界一ダヨ!」。 そのまま青い皿にパスタトングで盛り付ける。適当でいい。どうせ食べるのは僕だ。

鍋とざるをまな板の上に置き、フライパンをキッチンペーパーで軽く拭いてから水で流した。面倒くさくなるけど、食べてから洗おう。スパゲティだし。そういえば、前に住んでいたところは流しが狭くて、一旦ここで調理器具を洗わなければあとで大変な目に遭うんだっけ。スパゲティを作ると、どうしても洗い物が増える。

スパゲティを盛った皿をテーブルに置き、よいこらせと座る。湯気の立つスパゲティから「にんにく」のほのかないい匂いがする。

ふと、何かを忘れたような気がして、フォークに伸びる手を止めた。なんだろう。ガス栓は閉めたし、換気扇のスイッチも切った。塩もこしょうもちゃんと振ったし、はて。

ランチョンマット? まさか。

なんだろう。

…。

とりあえず、音楽がかかってないな。

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