She’s Just My Little Girl

「記念写真とか、ハイ・チーズとか言って撮るような写真って、なんかイヤ」と彼女は言ったことがある。「なんか、写真がわざとらしいから。みんなどこかしら何か作ってるから」

「うん。」と僕はそのとき少し間をおいて答えた。「確かにそうかも知れない」

僕も少なからずそう思うことはある。記念写真で撮られた僕の写真にまともなものはほとんどない。妙にかしこまっていたり、或いは作り笑顔だったり。でも記念写真のすべてが悪いわけじゃない。時には記念写真だって必要なときがある。そのとき誰が何処で何をどうしたかについて、そのほんの一欠片を写真は教えてくれる。たとえそれがありふれた記念写真であっても。

続きを読む She’s Just My Little Girl

小さな手を握って

「何やってるのよ、早く出てきなさい」

ちょうど僕の後ろで女の人の声がした。ブランドショップや雑貨屋の入る近未来的な佇まいのHビルの1階吹き抜けのところ。ただでさえ人がごった返す土曜日。午後6時にアイドル・グループのイベントが広場で予定されていることもあって、それまでの時間を潰すお客さんで1階の広場付近はいっぱいだった。お客さんと言っても、大半は小学生や中学生や高校生だ。

「何やってるのよ、もう。そんなところに入るからでしょ」

「ううん」と頷いているのか呻いているのか、男の子の声がした。女の人の声はきっと母親なのだろう。僕は別に振り返らなかった。僕はHビルの許可証バッジを胸につけ、「お客様アンケート」を取っていたのだ。今日どのショップに立ち寄っただとか、Hビルにあって欲しいブランドはありますかとか、そういった類のアンケートだ。エスカレーターから降りてくるお客さんの中から人の良さそうな人を選んでは、僕は頭を下げていた。

続きを読む 小さな手を握って

僕は雀を埋めに

その日、僕は死んだ雀を埋めに行った。

雀の、というより野鳥全般に言えることだが、その死が人に見られることは滅多にない。大抵は雑木林や森の木の下でひっそりと息絶え、ものの数時間のうちに小動物や昆虫や微生物などによって解体分解され、そのまま土に還る。人間と特殊な動物と特殊な環境で飼育されている動物を除くと、すべての動物はこうやって自然界をぐるぐる回り、生態系を形成している。

鳥の死が人間の目に触れるとき、そのほとんどは事故死である。不意の死。その多くは人間のせいなのかもしれない。とにかく、その日僕は雀に出会った。しかし出会ったときには既に息絶えていた。身体は温かくなかったが、やわらかくてリアルだった。その死と関係しているかどうかはわからないけれど、白い羽毛の一部分が少し黄色くなっていた。気のせいか痩せているように見えた。

続きを読む 僕は雀を埋めに

ア・テイスト・オヴ・ホットミルク

その1 (2001/01/26)

「カタン」とミニ・コンポの電源が入ってFM放送が流れ出した。それから1、2分すると、今度は目覚し時計が鳴り始める。賢いのか鬱陶しいのかよくわからないけれど、この目覚し時計は3分毎に鳴るようになっている。僕は3分毎に鳴る目覚し時計をその都度止め、FM放送を右の耳から左の耳に澱みなく流すように聴いていた。どんな曲が流れているのかは覚えていない。ニュースや天気予報も忘れてしまった。

低血圧なのだ。

30分ほどしてやっと体を起こす。エアコンのリモコンを手にとり、スイッチを入れて暖房を入れる。頭が起きていなくても「部屋が寒い」ということはどうやら理解できているようだ。FM放送を相変わらず右の耳から左の耳に流しながら、僕は服を着替える。外はどうやら曇りだ。

続きを読む ア・テイスト・オヴ・ホットミルク

オモイデ・スパゲティの作り方

鍋に水をはる。スパゲティを茹でるので、できるだけたっぷり水を入れる。そして水道の蛇口を閉め、蓋をして鍋を火にかけ、換気扇のスイッチを入れる。シンとした空気のキッチンを、換気扇の静かな「ゴー」という音が埋める。

「はかり」を出す。透明なプラスチックでできた「スパゲティ入れ」から適当にスパゲティを取り出し、「はかり」にのせる。一人分はだいたい100グラムだ。茹で上がるとこれがだいたい2倍弱ぐらいになる。

玉葱がないな。なくてもまあいいや。冷蔵庫を開ける。トマトを1個。ハムがあったのでハムを1枚。

続きを読む オモイデ・スパゲティの作り方

そこは、一年の半分以上の日が曇りと雨というところだった。たとえ朝がどんなに雲一つなく晴れていても、午後になれば当たり前のように真っ黒な雲が広がってきて土砂降りになってしまうような、そんなところだった。自転車で通勤していた僕は、スーパーで買った安物のビニールのレインコートを通勤鞄に忍ばせていたし、外出先での不意の雨に仕方なく買ってしまった透明なビニール傘も、5本もたまってしまった(レインコートでは困るときもあるのだ)。晴れているからといって、休日に布団を干したまま外出することも一種の賭けだった。

とにかく毎日がどんよりとして、太陽の光が恋しい、そんなところだった。

続きを読む