愛しのウクレレ

愛しのウクレレ。

君はソフトケースの中でじっと僕を待っている。

君はかまって欲しいから、決まってチューニングをはずして僕を待っている。

僕は「仕方がないなあ」とかなんとか言いながら君を抱きかかえ、

そしてポロンポロンと一弦ずつ音を合わせる。

君はとても嬉しそうだ。とても嬉しそうだ。

でも僕は君を扱うのがまだまだで、

結局最後には君も僕も不機嫌になってしまう。

それでも1ヶ月もすればお互いにまた会いたくなるのだ。

ああ、君といつまでも。

She’s Just My Little Girl

「記念写真とか、ハイ・チーズとか言って撮るような写真って、なんかイヤ」と彼女は言ったことがある。「なんか、写真がわざとらしいから。みんなどこかしら何か作ってるから」

「うん。」と僕はそのとき少し間をおいて答えた。「確かにそうかも知れない」

僕も少なからずそう思うことはある。記念写真で撮られた僕の写真にまともなものはほとんどない。妙にかしこまっていたり、或いは作り笑顔だったり。でも記念写真のすべてが悪いわけじゃない。時には記念写真だって必要なときがある。そのとき誰が何処で何をどうしたかについて、そのほんの一欠片を写真は教えてくれる。たとえそれがありふれた記念写真であっても。

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小さな手を握って

「何やってるのよ、早く出てきなさい」

ちょうど僕の後ろで女の人の声がした。ブランドショップや雑貨屋の入る近未来的な佇まいのHビルの1階吹き抜けのところ。ただでさえ人がごった返す土曜日。午後6時にアイドル・グループのイベントが広場で予定されていることもあって、それまでの時間を潰すお客さんで1階の広場付近はいっぱいだった。お客さんと言っても、大半は小学生や中学生や高校生だ。

「何やってるのよ、もう。そんなところに入るからでしょ」

「ううん」と頷いているのか呻いているのか、男の子の声がした。女の人の声はきっと母親なのだろう。僕は別に振り返らなかった。僕はHビルの許可証バッジを胸につけ、「お客様アンケート」を取っていたのだ。今日どのショップに立ち寄っただとか、Hビルにあって欲しいブランドはありますかとか、そういった類のアンケートだ。エスカレーターから降りてくるお客さんの中から人の良さそうな人を選んでは、僕は頭を下げていた。

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僕は雀を埋めに

その日、僕は死んだ雀を埋めに行った。

雀の、というより野鳥全般に言えることだが、その死が人に見られることは滅多にない。大抵は雑木林や森の木の下でひっそりと息絶え、ものの数時間のうちに小動物や昆虫や微生物などによって解体分解され、そのまま土に還る。人間と特殊な動物と特殊な環境で飼育されている動物を除くと、すべての動物はこうやって自然界をぐるぐる回り、生態系を形成している。

鳥の死が人間の目に触れるとき、そのほとんどは事故死である。不意の死。その多くは人間のせいなのかもしれない。とにかく、その日僕は雀に出会った。しかし出会ったときには既に息絶えていた。身体は温かくなかったが、やわらかくてリアルだった。その死と関係しているかどうかはわからないけれど、白い羽毛の一部分が少し黄色くなっていた。気のせいか痩せているように見えた。

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ア・テイスト・オヴ・ホットミルク

その1 (2001/01/26)

「カタン」とミニ・コンポの電源が入ってFM放送が流れ出した。それから1、2分すると、今度は目覚し時計が鳴り始める。賢いのか鬱陶しいのかよくわからないけれど、この目覚し時計は3分毎に鳴るようになっている。僕は3分毎に鳴る目覚し時計をその都度止め、FM放送を右の耳から左の耳に澱みなく流すように聴いていた。どんな曲が流れているのかは覚えていない。ニュースや天気予報も忘れてしまった。

低血圧なのだ。

30分ほどしてやっと体を起こす。エアコンのリモコンを手にとり、スイッチを入れて暖房を入れる。頭が起きていなくても「部屋が寒い」ということはどうやら理解できているようだ。FM放送を相変わらず右の耳から左の耳に流しながら、僕は服を着替える。外はどうやら曇りだ。

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港町の話

そこは港町だった。良くも悪くも「おっさん臭い町」だった。僕の住んでいたマンションからすぐのところに船寄せの港があり、昼過ぎになると漁船がカモメと共に帰ってきた。風は常に湿気ていたし、髪は少しベトベトした。

不定期にもらえた休みの日は、基本的にあまりやることがなかった。仕事仲間となかなか休日が重ならなかったというのもあるし、一人で休日にどこかに出かけようとする気力があまり生まれなかったというのもある。少し気合を入れて東京に出るか、そうでもなければその辺をぶらぶらして一日を過ごしていた。

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オモイデ・スパゲティの作り方

鍋に水をはる。スパゲティを茹でるので、できるだけたっぷり水を入れる。そして水道の蛇口を閉め、蓋をして鍋を火にかけ、換気扇のスイッチを入れる。シンとした空気のキッチンを、換気扇の静かな「ゴー」という音が埋める。

「はかり」を出す。透明なプラスチックでできた「スパゲティ入れ」から適当にスパゲティを取り出し、「はかり」にのせる。一人分はだいたい100グラムだ。茹で上がるとこれがだいたい2倍弱ぐらいになる。

玉葱がないな。なくてもまあいいや。冷蔵庫を開ける。トマトを1個。ハムがあったのでハムを1枚。

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つじあやの シークレット・ライブ・レポート@MIDシアター(2000/11/21)

MIDシアター(大阪)2000/11/21 19:00 start

  1. お天気娘
  2. きっと明日も
  3. たんぽぽ
  4. クローバー
  5. おいたままラブレター
  6. 今日はたまたま
  7. 春は遠き夢の果てに
  8. 心は君のもとへ
  9. さようなら
  10. 悲しみの風

150組300人招待のシークレット・ライヴ。抽選で当たっちゃったんですよ。もうただのファンなので。嬉々として行っちゃったんで。でも、300人よりもっと人が来てたような気がする。見たところ一人で来た人も多かったはずなのに、席は満席だったし。

客入れのときのBGMの中に気になる曲があった。ウクレレをバックにバート・バカラックの「雨にぬれても」の口笛のソロ。センスのいい選曲と演奏に「ふむ」と思ってたら、どうやらこれは、関口和之featuring竹中直人の曲らしい。

会場に入ったときにアンケート用紙が配られたので、席に着いてからゆっくり眺めてみる。あやの嬢によるものなんだろうか(違うかな。違うよな)、手書きのアンケート用紙。残念なことに、今日のセットリストが書かれている。あちゃー。「今日演奏した曲で、良かったのはどれですか」 うーん、見なきゃよかった。でも、……10曲? やっぱり10曲で終わっちゃうんですか?(でも、メモしたので上に書いときました)

ステージには中央と右手に椅子とマイクスタンドが1個(本)ずつ。ということは、ウクレレ1本の弾き語りステージで、ゲストがいるな。

19時ほぼちょうどに開演。中央の椅子へのピンスポを残した真っ暗な中をつじあやの嬢登場。ス、スーツ? うぐいす色みたいなスーツ(上だけ)に、ちょいカジュアルなパンツ。観客も行儀良く(?)静かな拍手でお迎え。別に立ち上がったりとかしないで。なんだか中学校の体育館でやる発表会みたいな雰囲気、かな。

いつものように短い挨拶をすまして、ササッと曲を始める。CD になってない曲2曲でスタート。来年の春には新曲が出るらしいので、そちらも楽しみということで。

1曲目か2曲目が終わったところで、「今日はスーツを着てきました」と MC。スーツを着て歌うのは初めてとのこと。ウクレレ用のマイクが、弾くときにサワサワと擦れるスーツの音を拾っていた。それぐらい音響が良かったし、それぐらいみんな静かに聴いていた。リサイタルみたいだ。

3曲目が終わったところで、キセルの辻村(兄)をゲストに迎える。「今日はたまたま」でギターを弾いてる人だ。で、登場して最初の曲が「クローバー」。おおーっ、「クローバー」だよー、と僕は心で一人盛り上がる。そうそう、この曲で僕はノックアウトされたんだ。今日はギターと一緒にやるということで、インディー盤『うららか』収録のヴァージョンの感じ。続く「おいたままラブレター」はファーストとセカンドどちらのものともちょっと違うアレンジで演奏。あーでもなんか、こういうのもいいよな。

MC。「今日はふたりですごいことをしてきました」と、あやの嬢。キセルのふたりとあやの嬢とで、ティン・パンの御三方(細野晴臣、鈴木茂、林立夫)とラジオの収録で会ってきたらしい。狭いスタジオに6人ギュウギュウになって収録したそうだ。「会ってみて、どうでしたか?」と、相変わらずぎこちないんだかよくわかんないテンポで会話を辻村さんに振っていたのもおかしかったけど、「いや、でもあんな感じの人になりたいですよねぇ」とあやの嬢が言うのを聞いて、イマイチ「あんな感じ」になってるあやの嬢を想像できなかったんですが。でも、一緒に仕事してほしいよなと思う。「ティン・パン・アレイ×チャッピー」という組み合わせがあったんだから、「つじあやの×ティン・パン×チャッピー」というのはどうですか? 同じ京都出身ということで。

そして、「今日はたまたま」。CDで聴いたときは取りたてて好きな曲でもなかったんだけど、ライヴではなぜか全然印象が違った。ものすごく良かった。本当にびっくりした。更に、CDでは入っていなかった辻村氏のハモリまで入って、それはそれはとても気持ちよかった。思いもよらなかったけど、この曲が僕にとってこの日のハイライトだった(豆子ページの掲示板によると、どうやらみんなそうだったみたいだ)。

「春は遠き夢の果てに」ではウクレレを膝に置き、辻村氏のギターだけで歌う。『うららか』のアレンジとも違い、もっとゆったりした感じだった。というか、この日の演奏は全体的にとてもゆったりしたものだったですが。

で、まあ12月にあるキセルのライヴの告知をしていきはったんですが、前売り1500円でそのライヴだけのCDが付いてくるらしく、「CDが付いて1500円でお得なんで。さらにドリンクも付いてるんで」と笑いを誘ってた。退場のときもちょっとワンテンポ遅れてしまって、妙なタイミングでステージを去っていったのでそれもなんだかおかしかった。

ギターを置いていったので、もしかしてアンコールがあるかな、と思ったのですが。

そして、ウクレレ一本ものではおなじみの3曲。「心は君のもとへ」のCDに入ってる「つじ家ヴァージョン」(と言ってたような気がする)は、「いつもお姉ちゃんとか友達に聴かせてるテープの音をそのまま入れました」とのこと。ちゃんとアレンジされたヴァージョンもこちらのシンプルなものも、両方とても気に入ってると言っていた。

そういえば、「悲しみの風」はよく考えたらインディー盤のアルバムにしか収録されてないんだ、とふと思った。なんだかすごく勿体ないような気がする。しんみりする曲。

それで、「今日はどうもありがとうございました」と言って、ササッと帰っていっちゃった。最後まで行儀のよかった観客はそれでも静かに拍手でアンコールを求めるんだけど、すぐに会場アナウンスと共に照明が明るくなってしまって、本当にアンコールがなかった。まあ、楽しめたから全然構わないんですが。

ということで、とてもあたたかい雰囲気のライヴでした。なんといっても、ああいうところにポツンと一人きりでウクレレ弾きながら歌うことがよくできるよなと、その密かに隠れた度胸に感心しました(毎度のことながら)。そんなこと、僕には到底できない。