僕は雀を埋めに

その日、僕は死んだ雀を埋めに行った。

雀の、というより野鳥全般に言えることだが、その死が人に見られることは滅多にない。大抵は雑木林や森の木の下でひっそりと息絶え、ものの数時間のうちに小動物や昆虫や微生物などによって解体分解され、そのまま土に還る。人間と特殊な動物と特殊な環境で飼育されている動物を除くと、すべての動物はこうやって自然界をぐるぐる回り、生態系を形成している。

鳥の死が人間の目に触れるとき、そのほとんどは事故死である。不意の死。その多くは人間のせいなのかもしれない。とにかく、その日僕は雀に出会った。しかし出会ったときには既に息絶えていた。身体は温かくなかったが、やわらかくてリアルだった。その死と関係しているかどうかはわからないけれど、白い羽毛の一部分が少し黄色くなっていた。気のせいか痩せているように見えた。

僕は雀を両手で優しく包み、そのまま家に持ち帰った。机の上にハンカチを広げて雀を置き、僕はシャツをを羽織った。雑木林に行こう。きっとこの雀はあの雑木林を知っているだろう。ここからは5分もかからない。

僕は雀をのせたハンカチをさっきと同じように両手で包むようにして持ち、雑木林へと向かった。誰にも会わないようにマンションを出て製薬会社の駐車場を通り、交差点を右に折れて短い橋を渡った。ここからは生活道だ。この辺りに住んでいる人しか通らない。ここを真っ直ぐ行くと、アスファルトが途絶えて竹林に隣接する雑木林につながる。

橋を渡ってから数羽の雀に出会った。鳴きながら普段と変わりなく低空を一生懸命飛んでいる雀達だ。「そうか、君たちは元気なんだ」 それはごく自然な光景だ。雀のいる風景。

僕は木で簡易的に作られた階段を上り、雑木林に辿り着いた。ここは、この周辺一帯をまたがって走る竹林を中心とした緑地帯の、ちょうど端の一角に当たる。僕は家から駅に向かう途中、大雨の日や盛夏の頃を除くとほとんど毎日ここを通っている。ちょうどここを通ると近道になるのだ。大雨の日を避けるのは泥で靴が汚れるからで、盛夏の頃を避けるのは蛇が出るからである。盛夏にうっそうと茂った草の中の階段を歩くのはとても危険だ。すぐ隣は蛇の住む竹林である。

僕は雑木林の中に入り、ぐるりと辺りを見渡した。雀やムクドリやヒヨドリたちが、太陽の光と5月の風を楽しんでいた。これから気温も上がって夏になるというのに、楽しい季節になるというのに、どうして君は死んでしまったんだろう。本当は土の上で静かに横になりたかっただろうに、どうして君はマンションの廊下の冷たいコンクリートの上なんかで横になっていたんだろう。君に何が起きたんだろう。

僕は雑木林の中を少し歩いて1本の木を選び、ハンカチで包んでいた雀をそっとその木の根元に置いた。そして太めの木の枝を拾ってきて、その根元の土を掘った。別に埋めなくても雀は数時間で土へと還っていくのだろうけれど、僕が人間という生物だからだろう。ここにちゃんと埋めてやりたかった。儀式として埋めてやりたかった。雀にとっては大きなお世話かもしれないけれど、冷たいコンクリートに横になるよりかはよっぽどましだと思う。いいだろう? これは僕の気持ちなんだ。

適度に浅い穴を掘り、僕はそこに雀を寝かせた。しばらく雀を眺め、そして「可哀想に」と声をかけた。それはとても人間的な感情だ。何がどう可哀想なのかはわからない。僕はこの雀に何があったのかは知らないのだ。偶然この雀の死に立ち会っただけだ。この雀は天寿を全うしたのか志半ばで息絶えたのか、僕はただ推測するしかない。とにかく生命の死を目の前にして、僕は「可哀想に」と思ったのだ。

さぁ、と僕は優しくその雀に土をかけていった。何かを一緒に埋葬してあげようかとも思ったけれど、それこそ雀にとっては大きなお世話だろう。何が雀の埋葬品にふさわしいのかも思いつかなかった。僕は雀を埋め、上から少し軽く押さえ、土を掘ったときに使った木の枝を置いた。なんだかとても寂しかった。今日初めて会ったというのに。

「さぁ、還るんだ」僕は口に出してそう言ってみた。「おやすみ」

僕は立ち上がり、雀を埋めた目の前の木を見上げた。高さは10メートルぐらいだろうか。この木は雀が土に還るのを見守ってくれるだろう。

僕はハンカチに付いた土を軽く払って折り畳み、それを手にその木を離れた。雑木林から降りる階段のところで少し立ち止まって振り返り、雀を埋めたさっきの木を探した。特別目立つような木ではないけれど、雑木林の木々の中でもその木ははっきりと区別できた。僕には特別な木だ。

後をよろしく頼む。

僕は階段を下りた。

その日から、僕はその雑木林を通るときにその木に声をかけるようになった。「やぁ」とか「おはよう」とか「今日は暑いね」とか「疲れたよ」とか、そういう類のことだ。もちろん雑木林に僕以外の誰かがいるときには口にしない。でも、その木の存在を確認して、何かしら心の中で声をかけている。あの雀とその木に向けた、小さなメッセージ。

いつか、雀が僕に話しかけてきたらなと思う。


あとがき

僕が雀を埋めたのは確か高校生の時だったから、そう、十年近く前になります。あの頃、雀はよくマンションのベランダに遊びに来ました。遠くから数羽で一直線に家のベランダに飛んできたものでした。僕らは雀が可愛くて、よく米粒や菓子などを与えていました。雀もそれが目当てだったんでしょう。徐々に僕らにも慣れてきました。雀にも一羽々々個性があることもわかってきました。催促しているのか、家の中に向かって鳴くこともしばしばありました。

僕らは一生懸命彼らとコミュニケーションをとろうとしていました。たとえそれが勘違いや無駄なことであったとしても。

あれから十年近くが過ぎ、まわりまわってあの頃住んでいた場所のすぐ近くにまた住むことになり、再びあの雑木林を通ることになります。今日、あの雀を埋めたあの木のそばに行ってみました。記憶が間違っていなければの話ですが、その木はまだちゃんとありました。根本には草が生えていてどこに雀を埋めたのかは皆目つきませんでしたが、たぶんその木だろうと僕は思いました。僕はあのときと同じように、その木を見上げてみました。今日は風が強く、まだ一枚も葉をつけていないその木は風に大きく裸の枝を揺らしていました。

僕は木に話しかけてみました。でも、何も返事はありませんでした。いや、もしかしたら木は何かのメッセージを僕に寄こしたのかもしれませんが、残念ながら僕には何も感じませんでした。もう日も暮れて、街灯一つない雑木林は暗闇に包まれ始めていたので、雀の気配もありませんでした。

誰かが犬の散歩に雑木林に入ってきたので、僕は何もなかったような顔をしてその場を離れ、そして振り返ることなく木の階段を降り、雑木林を抜けました。(2001/04/04)

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