ポール・マッカートニーが妻ナンシーと踊った日比谷公会堂アーカイブ・カフェで、僕らは彼らが聴いたのと同じ蓄音機の音を聴いた

僕がポール・マッカートニーの存在を一番身近に感じたときのことを書く。

2015年10月17日土曜日。日比谷公会堂の1階にあった「日比谷公会堂アーカイブ・カフェ」で、その年4月の日本公演のために東京に滞在していたポール・マッカートニーの息づかいを勝手に感じた話。

その日、僕らは日比谷公園に来ていた。ガーデニングショーに知人が作品を出していて、それを見に来ていたのだ。

ひととおり見終わって、ちょっと休憩したいねとぶらぶらしていると、目の前に日比谷公会堂の立派な姿が見えてきた。日比谷公会堂を見たのはたぶん初めてで、かっこいい建物だねとiPhoneで写真を撮っていると、相方さんが「カフェがあるよ」と言う。せっかくなので、そこでお茶でもしようということに。

「日比谷公会堂アーカイブ・カフェ」は、かつての日比谷公会堂のチケット売り場(切符売り場)だった場所で、簡易的にカフェの体裁で営業していた。昔の日比谷公会堂の写真も多く展示していて、当時の雰囲気を伝える役割として、この数年間一時的なものとして営業していたらしい。

券売場(チケット売り場)やサービスステーション(荷物預かり?)の窓口も一応残されている。

ホットコーヒーは一杯500円。店のマスターが入れてくれる。

カウンターで注文すると、マスターが「よく見つけていただきましたね」と、このカフェのことを少し話してくれた。もともとカフェとして整備された場所ではない上に、建物が古くて改修もできないので、ガスもないし自由に使える電気も限られているんですよ、と。

店内は当時の昭和の色と空気と匂い。当時の告知用ポスターも置かれ、舞台や楽屋に通じる階段も味がある。

席に座り、持ってきてくれたコーヒーを飲みながらくつろぐこと20分ほど。そろそろ帰ろうと「ごちそうさまでした」とマスターに声を掛けた。するとマスターが、「この蓄音機をかけてあげようと思ったんだけど、(そのあとお客様が結構お見えになって忙しくなってしまって)かけられなくて」と、蓄音機を開けて見せてくれた。

チケット売り場の窓口跡に鎮座する蓄音機。

約90年前の蓄音機だそう。しかもメンテナンスされていて現役。

His Master’s Voiceの文字。

マスターはレコードを1枚取り出すと、蓄音機を回して1曲かけてくれた。僕の知らない曲だった。僕は古い時代の音楽は大好きだけれど、曲名をよく知らない。

蓄音機の音はとてもやわらかく、僕らはしばし、すてきな空間で音楽を楽しんだ。

1曲聴き終わり「すごいですね」と話していると、マスターが「ポールもここに来て、この蓄音機でレコードを聴いたんですよ」と言う。

えっ? ポールってもしかしてポール・マッカートニーですか?

なんでも、半年ほど前の来日時(2015年4月)、ポール・マッカートニーがふらっと日比谷公会堂アーカイブ・カフェを訪れたそうだ。当時ポールは日比谷公園の向かいにあるペニンシュラホテルに滞在していて、散歩中に偶然立ち寄ったのだろう。手ぶらだったそうだ。

彼の来店時に店内にはお客様がほとんどおらず、マスターはこの蓄音機で「On the Sunny Side of the Street」のレコードを掛けると、音楽に合わせてポールは妻のナンシーさんとフロアで踊ったそうだ。

「ちょうどここです」

「え」

ここで、ポールとナンシーが踊ったんだ。

「あ、あと、ちょうどお客さま(僕ら)が座っていた席で、椅子の手すりに腰掛けて聴いたりしてました」

「え」

ちょうど僕らが座っていた席で!

ポールは来日中、合計3回もこのカフェにやってきたそうだ。気に入ったのだろう。2回目に来店したとき、カフェは楽屋として使用していたために開けておらず、カフェの前で少し話をした程度ですけれど、とマスター。

3回目に来店したとき、ポールは「5分待ってて」と言い残してカフェの外に出ていって、マスターがなんだろうと思っていると、15分ほどしてポールは戻って来て、マスターにチップを渡したそうだ。きっとホテルに一度戻ったのだろう。

マスターは僕らに、その「On the Sunny Side of the Street」のレコードもかけてくれた。

ポールがふらっと訪れた日比谷公会堂のカフェのすてきな空間で
ポールが聴いたその蓄音機で
ポールが聴いた「On the Sunny Side of the Street」のレコードを
ポールがナンシーと踊ったフロアに立って
聴かせてもらった。

どきどきした。本当にどきどきした。ポールはここで、この場所で、このレコードを、この蓄音機で、聴いたのだ。

ポールの息づかいを勝手に感じた。ここに、隣に、ポールがいた。

マスターが僕らに蓄音機でレコードをかけてくれたのは、お客さんがほとんどいなくなったタイミングだったので、たまたまだったのだと思う。そこで偶然ポールの話題になり、僕らが話に食いつき、そのときと同じ「Sunny Side」のレコードもかけてくれた。いろんな偶然が重なった。

そもそも僕らもふらっとここに立ち寄ったのだ。

ポールは、2015年8月号の雑誌『Esquire』のインタビューで、この日比谷公会堂アーカイブ・カフェでの出来事を日本滞在時の思い出として語っている。マスターは僕らにその記事のコピーもくれた。ラッキーなことに、その記事は『Esquire』のWebサイトにも公開されている。

Then, in London, when I asked if he’d been able to get out and about much in Tokyo, he told me that one afternoon he and Nancy found themselves in a park, standing outside some sort of municipal hall. Inside was a man with a load of 78 records and an old-fashioned gramophone to play them on. He beckoned them over and put on a record for them. ‘The Sunny Side of the Street.’ Paul and Nancy danced, just the two of them. It was one of those special moments, unexpected and all the more precious for that. It felt magical. Seventy-two years young, skinny as a teenager, eyes – I imagine – ablaze, Paul sang as they moved. He knew all the words: “Grab your coat and get your hat, Leave your worries on the doorstep, Life can be so sweet, On the sunny side of the street…” Nancy (surprised): “You know this song?” Paul: “Oh, yeah.”

Paul McCartney talks songs, fame and the Beatles

日比谷公会堂アーカイブ・カフェは2016年3月15日、日比谷公会堂の大規模改修に伴って閉店した。僕らが行ったとき、マスターも「日比谷公会堂の改修でここも閉店になって、そのあとどうなるか僕も全然知らないです」と言っていた。

「閉店までにまた来ます」と僕らは言ってカフェを出た。忙しくて結局行けなかった。

ポール・マッカートニーは今年2017年、来日する。きっとこのカフェのことも思い出すだろう。閉店したのを知ったら寂しがるだろうな。

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